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Selfishly

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貴方がライバル! 9・10




~ 貴方がライバル! Act9 ~





「ユーヘミア嬢が・・・」
秀麗な表情を僅かに顰めて、ロイの言葉を繰り返すホークアイ少佐に
ロイも「ああ」と小さく嘆息しながら頷く。

出勤した執務室で、今後の事もあるのでロイは一番にホークアイに昨夜の
やりとりを話する。
懸命な副官は、余計な言葉は差し挟まなかったが、瞳にはありありと
呆れたような色を浮かべて聞いていた。
「・・・・・判りました。では、その事も心に留めておくように致します」
「頼む」
ふぅーとまた溜息を落す上司に、ホークアイは躊躇いがちに口を開いた。
「・・・僭越ながら。―― そのぉ・・・・・大丈夫でしょうか・・・?」
何がとも指摘はしない言葉でも、ロイには彼女が言いたい事が
痛いほど理解できている。
「――― 大丈夫・・・ではないだろうが。
 ・・・仕方ない。エドワードが言い出した事だ。
 彼も、自分が納得できる解決策でないと取り消しはしないだろう」
「・・・・・・そうですね。エドワード君なら、心配はないと思いますが」
そう返事を返し軽く一礼をすると、ホークアイは朝の始業時前の忙しい時間帯を
進める為に部屋を出て行った。

ロイは椅子の背凭れに身体を預けながら、天気の良いに窓からの風景に目をやる。
「・・・・・大丈夫であって欲しいよ、全く・・・」

ロイが何を思ってそう呟いたのかを知る者は、残念ながら今の場所には
誰一人居なかった。






  *****

《 帰って来るまでに、下拵えを済ませておく事! 》

出勤前のエドワードに指示された事は、メモに書き出されている料理の下拵えだ。
解らない事は、自分で調べてやれと言ったエドワードが置いていったのは、
初心者用の料理本だった。

「洗うって・・・洗剤付けてかしら?」
取りあえず並べ出した野菜を前に、ユーヘミアは首を傾げどおしだった。
頭脳は父親を唸らせるほどの商才を持って、通っていた女子高でも才媛と名が高かった彼女だが、
如何せん、やはり超がつくほどのお嬢様育ちだった。
邸には何十人もの使用人達がおり、至れり尽くせりの環境の為か
自分に必要な知識の吸収はしてきたが、それ以外の事に関しては全く
興味を持ちもせずに育ってきた。
食事はテーブルに座れば並んでいたし、部屋は常に清潔で綺麗に整えられていた。
身の回りの事に無頓着でも、それをカバーする人たちがいるという環境では、
覚えようとする意識が育たなくとも不思議ではないだろう。
その反面、早くから経営に興味を持ち、自身でも経営コンサルタントを起業する等の
手腕を発揮している。
――― ようは、専門馬鹿に近かった。

必死になって料理の教本を紐解きながら、エドワードの指示通りを進めようと
奮戦していた。
「流水・・・ああ、水を流して洗うのね」
ふんふんと頷いて、取りあえず手に取った1つを洗ってみる。
一つ洗って皿に乗せる。乗せた野菜を見て、水気を拭くべきかに悩んで、
次には何で拭くのかに悩む。
気づけば昼はとうに過ぎていて、お腹の虫は先程からグーグーとはしたない音を
立てている。

「――― ちょっと、休憩しましょ・・・」
誰にともなく言い訳を呟くと、冷蔵庫に用意されているサンドイッチを取り出して
神妙な表情になる。
これも、エドワードが用意しておいた物だ。
難しい顔でそれを睨んでいたが、結局すきっ腹には負けてパクリと頬張ると。
「美味しいー」
思わず頬が緩みそうになる。

そして朝の光景を思い出す。
ぱたぱたと忙しそうに動き回るエドワードに、こんな物を用意する時間が
どこにあっただろうかと、思わず頭を捻ってしまう。
エドワードは、悔しい事にかなり優秀に家事を切り盛りしているようだ。
使用人を置いていないと言っていたにしては、この広い家の中は
どこもかしこも綺麗に整えられ、磨き上げられている。
急な珍客のユーヘミアに与えられた2階の客間も、埃や汚れなどなく、
ベッドも清潔で良い匂いがしていたのを思い出す。

最後の一口を頬張ると、ユーヘミアは自分に渇を入れながら立ちあがる。
「よぉーし! 負けられないわ」
朝にエドワードに豪語した言葉を思い返す。
メモを差し出して、出来るとこまででいいぜと笑うエドワードにユーヘミアは
「あなたが帰る頃には、完成しているかもよ」と言い返したのだった。
今は・・・・・、少々、その言葉を後悔し始めてはいるが、せめてエドワードが
書いてある下拵えだけは完璧に終わらせておきたい。
――― でないと、あの生意気な奴に何を言われるか、判ったもんじゃないわよね。―――

その後キッチンは、ガタン・バシャン・ボトと色々な擬音が鳴り響き続けたのだった。




 *****

「ただいま~」
玄関の扉が開かれたと動じに届いた声に、ユーヘミアは正直、心の底から
ほっと安堵を吐いたのだった。
パタパタと軽ろやかな足音と共に近付いてくる気配は、そう間をおかずに
キッチンへと辿り着く。

「どうだー、無事に出来てるかぁ」
ひょいっと覗かせてきたエドワードの顔を、これ程嬉しいと思って見た事はなかった。
「エドワ~ドォ・・・」
情け無い表情と声で自分に呼びかけてくる相手に、エドワードは苦笑して見返す。
「ははは・・・、かなり奮戦したみたいだな」
キッチンの惨状を一目見て、エドワードは憔悴しきったユーヘミアの状況を悟る。
「どれ、どこまで進めれたんだ」
ひょいっと、ユーヘミアの背後のシンクを覗き込めば、無残に切りばら撒かれた野菜たちが
目に入る。
何を言われるかと戦々恐々のユーヘミアの心持を知らずに、エドワードはおっと言う
表情を見せると、次にはニカリと破願する。
「なかなか頑張ったじゃないか。よしよし、俺も着替えてくるから
 後ちょっと頑張れよ」
ポンと軽く頭を叩いて、エドワードはキッチンから一旦出て行った。
残されたユーヘミアと言うと、ポカンとした表情でエドワードが消えた方向を
見続けたのだった。


その後エドワードの的確な教えのおかげで、何とか無残な野菜たちも
形は不揃いながらも料理へと変身して行く。
そのエドワードの手際の良さに圧倒されながら、ユーヘミアはぽろりと賞賛を零す。
「・・・凄いわ」
「ん? そんなたいしたもん、今日は作ってないぜ?」
初日からユーヘミアに出来そうな物など知れている。
だから、エドワードが今日作る献立メニューは野菜サラダにコンソメスープ。
それとメインは焼くだけでOKのステーキにしてある。
野菜サラダなら味付け云々は関係ないし、コンソメスープなら野菜が不揃いでも問題ない。
しかもステーキも、牛にするなら焼き加減の微調整が出来なくても
何とか食べれるものになるのだ。
「ほら、手元が疎かだぞ。焼きすぎても良いってなら別だけど、俺は食べないぞ」
ブスブスと煙を上げ始めているフライパンを指して、エドワードがそう告げてくる。
「えっ? きゃっ!! 早く返さなくちゃ!」
慌ててフライ返しを使おうとしたユーヘミアの手を、エドワードが素早く押さえる。
「おい、急にひっくり返すな。肉汁が出てんだから、跳ねて危ないんだぞ!」
そう告げると、ユーヘミアからフライパンを受け取り、少し傾けた片側で肉を
ひっくり返す。
「・・・・・・」
ほらっと手渡されたフライパンを受け取りながら、ユーヘミアが意気消沈しているに
エドワードはからかうように話しかけてくる。
「おい、どうしたんだ? 昨日の勢いは何処行ったんだよ?」
「・・・・・だって・・・、本当に何も出来ないんだなって・・」
ユーヘミアのそんな様子に、エドワードは小さく笑い声を上げる。
「・・・何よ? 人が落ち込んでるのに、失礼じゃないの」
むっとしたように言い返してくるユーヘミアに、エドワードは満足そうに頷いて
笑い顔を見せる。
「そうそう。お前はそれ位の方が、らしくて良いって。
 ・・・誰でも初めは同じさ。俺らも怖~い師匠に仕込まれた頃は、
 もう毎日鉄拳やら、足蹴りやら、フライパンに包丁まで飛んできてたぜ」
そのエドワードの言葉に、ユーヘミアが驚いたように目を丸くして聞いている。
「最初から上手く出来るなら、家事修行なんて必要ないだろ?
 料理は慣れの問題だ。毎日やってりゃ、嫌でも上手くも速くもなるさ」
そう言いいながらも、エドワードの手元は止まらずに動いていく。
「ほら! また手元が止まってるぞ」
エドワードの指摘に、ユーヘミアは慌てて手元を見る。そして今度は先程エドワードに
教えられた通りに、慎重にひっくり返す。
「出来た・・・! 出来たわー!!」
キャーキャーと喜ぶユーヘミアに、エドワードはだろ?と頷いて返したのだった。


 *****

ロイが気の重いまま帰ってきた時には、キッチンでは賑やかな声が上がっていた。

「だろぉ? 俺なんか優しい師匠だぜ」
「まあね。確かに手も足も出しては来ないわよね」
「おう。俺ん時は料理も死に物狂いで覚えさせられたからな」
「う~ん。・・・その師匠って人に、ちょっと会って見たいかも」
「馬~鹿。お前なんか、行っても扉くぐれねぇって」

それに不満そうな声が上がり、エドワードはからかうように返す。
ロイは目の前の光景に、思わず唖然として眺めてしまう。
昨夜までは犬猿の仲の様だった二人が、ここまで和気藹々になるとは
何事があったのだろうか・・・と。

「あっ、お帰りー。ごめん、気づかなくてさ」
エドワードの声で気づいたユーヘミアも嬉しそうに挨拶をしてくる。
「お帰りなさい、ロイ様」
そんな二人に、まだ戸惑いを引き摺っているロイが、口篭りながら返事を返す。
「・・・あっ、ああ。ただいま」

「食事の準備はもう出来るからさ、先に着替えて来いよ」
エドワードの促しに、ロイは渋々と頷いてキッチンから出ていく。
その背後では、また明るい声が上がっているのを不愉快に思いつつ・・・。


食事は始終話しに盛り上がっていた。
ロイが話す軍での馬鹿話も、ユーヘミアには目新しい話ばかりで
話術の上手いロイが語ると、それは楽しいものばかりになる。
3人で盛り上がれる話題を選んで話しているのだから、それは当然だろう。
が・・・。
「ねぇ、エド。明日のことなんだけど」
それが料理の事になると、判り合うのは二人だけでロイには口を差し挟めない。
一頻り打ち合わせをしている二人に口を挟まず、ロイは物分り良く
笑みを浮かべて控えている。


片付けと明日の用意をしたいと言い出したユーヘミアに、幾つか手順を伝えて
エドワードは先にと告げて、浴室へと向かっていく。
ロイがリビングで持ち帰りの仕事を始めると、ユーヘミアは慎重に片付け物を
始める。割ってもいいが、怪我だけはするなとエドワードに厳しく言われ、
慎重にならざる得ないのだ。
割っても錬金術で戻せるが、怪我は治せないから面倒だろ。と渋い表情で告げたエドワードに
今朝までなら噛み付いていたが・・・今は、彼が心配してくれての言葉だと判る。
スマートではないが、不器用な思いやりだったのだ。

そんな事を考えていると、隣で人が動く気配が伝わってくる。
多分、風呂に行っていたエドワードが戻ってきたのだろう。
ユーヘミアは、何か飲み物でもと声を掛けにリビングへ抜ける間口へと
近付いて行く。この家のキッチンとリビングは併設されており、
扉を開けなくても、行き来ができるのだ。
そして、ひょいと顔を覗かせようとして・・・思わず動きが止まる。

肩にバスタオルをかけた状態で、エドワードが乱暴に髪を拭きながら入ってくると、
それまで微動だにしなかったロイが、自然に立ち上がってソファーの後ろへと立つと、
そこに腰をかけたエドワードの髪を吹き上げ始める。
小さく囁くように話しかけてくるロイに、エドワードは綻ぶような笑みを浮かべて
言葉を返しているのが見て取れる。
それは、一枚の絵のように印象的なシーンだった。
ユーヘミアはどきどきと早くなる鼓動を抑えながら、目の前で繰り広げられる情景から
目を離せなくなる。
そっと後ろからエドワードの顎に手をかけたロイに答えるように、エドワードも喉を反らせて
降りてくる相手の唇を受け止めようとしているのだろう。

もう少しで重なり合うと言う寸前に、エドワードは目の端に入った人影に硬直する。
「エドワード?」
動きの止まった相手に怪訝そうに呼びかけてくるロイの声も、今のエドワードの
頭から弾かれる。

――― し、しまった。俺・・・忘れてて・・・――
あたふたとロイの手からタオルを奪うと、エドワードは入浴以外の理由で
頬を赤らめながら、ロイに口早に話す。
「ロ、ロイ。さ、さっさと風呂に入って来いよ!
 俺はもう自分で出来るからさ」
「? 急に・・・」
「ほらほら! いいから、さっさと入ってこいって!」
乱暴な口調で、ロイにそう勧めるエドワードに溜息を吐くと、
それ以上ごねる事もなく、ロイは浴室へと足を向ける。

そして、間口辺りでのユーヘミアの気配も無くなっていることを確認して、
エドワードはホォーと長い吐息を吐き出す。

―― やばい、やばい。・・・ついつい、ロイの雰囲気に流されるとこ
   だったぜ。――

まだまだ恋人とのスキンシップを、人様に見せる度胸は無い。
暫し深呼吸をして気持ちを鎮めると、キッチンのユーヘミアへの様子を
見に行く事にした。

「・・・どうだ? 無事に進んでるか?」
声を掛けてきたエドワードに驚きながらも、何とか平常心を保ちながら
ユーヘミアはもう少しと返事をする。
「そっか・・。あんま無理すんなよ。明日出来る事は明日に回して良いんだからな」
「ええ。片付けだけ終わらせたら、今日はもう終わりにさせてもらうから」
背中を向けて告げてくるユーヘミアに、エドワードもそっかと頷いて冷蔵庫へと
足を向けようとした矢先。

「エドワード! 石鹸を取ってくれ」

浴室から届いてくる声に、仕方無さそうに溜息を吐いてキッチンを出ていく。
エドワードの気配が完全に部屋から無くなると、ユーヘミアは漸くはぁーと
体の力を抜いた。
先程垣間見たエドワードの姿がショックだったのもある。
ショック・・・とは少し違うのかも知れない。どちらかと言うと、衝撃だろうか。
――― あんなに綺麗な男の子って・・・見た事ないわ ――
自分が大好きなロイ様も、当然見目麗しい男性だ。男らしさという点では、
エドワードよりも遥かに魅力的だろう。
エドワードは、何と言うか・・・兎に角、綺麗なのだ。
不思議な色合いの髪や目も、賞賛に値する価値もあるだろう。
白磁器のような肌も、ユーヘミアのように褐色の肌の者からすると、
溜息吐きたくなるほど、羨ましい。
造形も良いのだろうが・・・それ以上に、纏っている雰囲気が、
今までユーヘミアの周りに居た者とは、格段に違っている。
不思議な事に、ユーヘミアは今の今まで、エドワードを綺麗だと認識して
いなかったのだ。
小憎らしい生意気な奴だと思っていたから、先程のエドワードに受けた衝撃は
ユーヘミアの動揺を誘うだけのものがあった。
ドコドキと煩い心臓の音に文句を付けながら、ユーヘミアは覚束ない手で
片付を続けていく。




 *****

パタンと開いた扉の先には、湯を使っている時の特有の湿気が漂っている。
「ロイ、石鹸ならいつもの所に入ってるだろ」
そう言いながら取り出し浴室への戸を開けて手渡そうとする。
途端に手首ごと引かれ、背後で扉が閉められる。
「ちょぉ・・・」
何をするんだよの文句の言葉は、結局は口には出せなかった。
エドワードが口を開くタイミングを見透かしたようなロイの口付けが
降って来たからだ。
「・・・んっ・・っ」
抗議の言葉はロイの口の中へと吸い込まれ、くぐもった鼻声になる。
顔を背けようにも、がっちりと掴まれ首も振れない。
「あっ・・・ふぅ・・・」
湯煙の中での激しい口付けは、息が詰まって苦しい。
エドワードが相手を引き離そうと手を回しても、ロイの濡れた身体では
滑って上手く持つ事も出来ない。
次第に上がる息に、エドワードの身体も熱を溜め始める。
エドワードの体から力が抜けてき抵抗が弱まり始めると、ロイは押さえるのに
使っていた手で、エドワードの身体を弄り始める。
「ちょっ・・・止め・・・」
静止の声が弱弱しく浴室に響き渡る。
汗と湯で滑りが良くなった肌を、ロイは愛しそうに撫ぜていく。
口では飽くなき口付けを続け、より深くより執拗にエドワードの口内を
愛撫し続け、パジャマから忍び込ませた手の平はいやらしい動きを
止めようとしない。
「あっ・・・はぁ・・んん・・」
エドワードの抵抗が完全に治まり身体に腕を回される頃になると、
ロイは割り込ませた足で、エドワードのそれを刺激し続ける。
上での甘い愛撫と下半身の強引な刺激に、エドワードの腰も揺れ動き出す。
ロイはその時を待ちかねていたように、エドワードの前に膝まづくと、
するりとパジャマのズボンと一緒に下着まで下ろして、震えながら立ち上がり
始めているエドワードのモノを一思いに頬張ってしまう。
「ひっー・・・あっああーー」
上がった声を必死に抑えようと、エドワードが両の手の平で口を覆う。
そんなエドワードの努力に構わず、ロイは口に含んでいるモノを高めるのに
熱中していく。
はっはっはっと荒い息を必死に吐き出して耐えているいるエドワードに、
ロイは最後の仕上げとばかりに手も使って扱き始める。
程なく、我慢しきれ無くなったエドワードが上がる嬌声を
飲み込んでロイの口の中で果てた。
それを綺麗に飲み干し、更に最後の1滴まで啜り上げると、
ロイは満足そうに立ち上がり、崩れ落ちそうなエドワードの身体を
タイルに押し付けるようにして抱え込む。

「好かったかい?」
にんまりと笑うロイの表情は、確信犯だろう。
「・・・のぉ・・・、急に・・何始めるんだよ・・・」
少々呂律の回らなくなっているエドワードは、それでもきっと目だけは
強気で睨みつけてくる。
と言っても、涙を潤ませてそんな目で睨みつけられても、ロイには嬉しい限りなのだが。
「君が構ってくれないから、じゃれてみたのさ。
 約束は破ってないぞ」
エドワードの顔を覗き込みようにして、鼻を擦り合わせてくる相手に、
エドワードは憮然とした表情を作って見せる。
「っても・・・何もこんな急に・・」
「こうでもしないと、君は流されてくれないだろ?」
仕返しのように、ロイがエドワードの鼻を甘噛みしてくる。
「ここなら――― 人目を気にする必要もないし?」
ロイのそんな言葉に、エドワードは間近の相手の瞳を見つめる。
茶化したような物言いをしてはいるが、黒い瞳の中には
不満ありありの色を浮かべている。
「・・・しかたねぇな」
はぁ~と嘆息するエドワードに、ロイは嬉しそうに軽い口付けを降らし。
「エドワード、このまま私を放おっては行かないだろ?」
人の悪い笑みを浮かべて、ロイは自分の下半身をエドワードへと押し付けてみせる。
「で・・・でも・・・」
押し付けられるまでもなく、先程からずっと主張し続けているロイのモノは
当たっていて気づいていた。それでも他人が居る場所でと躊躇う様子のエドワードに
ロイは不満そうに鼻を鳴らす。
「君だけすっきりして、私はお預けかい?」
口調は優しいが、声音は刺々しい。
「・・・しゃーねぇな。でも口出だぜ? 本番無しな」
そう念を押すエドワードに、ロイは一瞬不服そうな表情を浮かべるが、
諦めたように溜息と共に頷いて了承する。
「じゃ・・・」
多少の躊躇いを覚えつつも、エドワードはロイの足元へと膝を着いて、
先程から主張しているロイのモノに手を伸ばす。
「エドワード・・・」
期待に満ちた声に促されて、そっと口を開けて含もうとした瞬間。

 ガッシャーン ガラガラと響き渡る破損音と、ユーヘミアの悲鳴が
入るときに閉め忘れた廊下から轟くようにして聞こえてくる。

「なっ! 何やったんだ?」
仰天して立ち上がったエドワードは、一目散に浴室を飛び出していく。
そして・・・・・。

音も付けずに、ロイは深い、深い嘆息を吐き出しがっくりと肩を落としていたのだった。






・・・・・『貴方がライバル!』 act10




 


翌朝は更に不機嫌そうなロイが食卓の間を濁していた。

「あ・・・あの・・・」
今朝は初の一人での挑戦で、質素な料理ながら食卓に並べたユーヘミアには
気が気ではない。
「気にすんなって言ったろ。こいつ朝は低気圧だから、いつもの事だって」
平然としたエドワードの言葉に、ロイの機嫌は更に悪化し。
「言って来る」
そういい捨てるとさっさと玄関へと歩き去ってしまった。
「・・・・・やっぱり不味かったのかしら」
意気消沈しながらテーブルに並べた朝食を眺める。
黙々と食事しているエドワードの様子を窺うように視線を向けると。
「不味い」の端的な感想が返ってきた。
ぐっと言葉を詰まらせ言い返せないユーヘミアの様子に、
エドワードは苦笑して1つ1つ説明してやる。
「いいか? 卵を焼く時は、フライパンを焦がさない程度に良く熱する事。
 で落したら火力は弱める。半熟が良いなら、その状態で白身が固まった後に
 火を消して後は余熱。固目が好きなら、更に弱火にして焼いて
 黄身が固まり始めてから消して余熱。
 そうすれば、ここまで見事に黒焦げにならない。

 でサラダは洗った後、水気切れよな。これじゃあ、野菜から出る水とで
 ドレッシングが水っぽくなるだろうが。
 スープはブイヨンでも仕方ないけど、量は控えめにして味見しながら整える!
 入れすぎたら、濃すぎてスープで飲めないだろうが」
そう教えながらも、エドワードは綺麗に皿を空にしていく。
ユーヘミアも言われたまま味を見る為に料理に口を付けて見る。
「まずっーーー!」
我ながらビックリの不味さだった。
良いとこのお嬢様の彼女は、不味いものなど口にして来なかったから
その不味さに驚いて、その後ショックを受ける。
どうだと無言で頷くエドワードに、慌てて静止をかける。
「ちょっ! こんな不味いの食べなくていいわよ!
 ごめんなさい、直ぐに作り直すから」
あたふたと腰を上げるユーヘミアに、エドワードが一声で留まらせる。
「座れって。作り直す必要なんかないぜ。これはきちんと食べるんだ」
既に自分の皿の分は食べ終えかけているエドワードが、ユーヘミアの皿を指す。
「えぇー、こ、これをぉ・・・」
情けなそうな声に、エドワードは当たり前だと告げる。
「お前なぁ、この世界で碌にメシにもありつけない人間だっているんだぞ。
 不味いからと捨てるなんて、絶ってぇ許されないだろうが。
 ここにある材料だって、作る人や育てる人が頑張った結果なんだよ。
 不味くて食えないなら、次は上手く作れ。そうすれば、上達もするだろ」
エドワードの言葉は尤も過ぎて、ユーヘミアには返す言葉もない。
自分の不出来な第1号作品を、惨めな気持ちで噛み締めていった。




エドワードは目の前で情けない表情で食事をしているユーヘミアを見ながら
頭は違う事を考えていた。

――― あれは大分、拗ねきってたな ―――

今朝のロイの機嫌は底辺を更に突き破って暴落中だった。
お預けが長く続いているから、彼の気持ちも判る。
しかも昨夜は、あんな状態のロイを放りっぱなしにしてしまったのも
少々、罪悪感が残っている。

――― ってもなぁ・・・―――

内心ではぁ~と嘆息しながら、目の前のユーヘミアを見る。
とてもじゃないが、こんな生活能力の無い人間を放っておくことも出来ず、
かと言って、第三者の居る家でコトに及ぶのは、今のエドワードには
到底無理だ。

――― 面倒を見るって言った手前もあるし・・・―――

ロイも外面が良いから、何とか我慢してはいるが、今朝の状態から
忍耐の糸もいつまで保つのやら・・・。

エドワードの憂鬱な思いは、まさしく司令部に着いたロイの状態そのものだった。


 *****

騒がしい司令部にしては、今朝は珍しくも静かな雰囲気が立ち込めていた。
が、それは決して静謐と言う言葉と同義語ではない。
どころか・・・・・。
突っ返された書面に、ハボックが肩を落として執務室から出てくる。
「またか・・・?」
「・・・まただ」
どこが悪いとか、書き直す箇所とかを言ってもらえれば直しやすいのに、
何も言わず無言で突き返されるから、駄目な箇所も判らず、延々と
書面をやり直しさせられているのは、何もハボックだけでもない。
こういう陰湿な事をする上司ではないのだが、どうにもやり切れない何かを
抱えてるのか、今日は朝から不機嫌状態で、言葉も最低限しか利かない。

「やっぱ・・・拙いのはアレか?」
う~んと顎に手を充てながら唸るブレダに、ハボックも思い溜息を吐き出す。
「しか考えられないぜ。
 大将と結婚してからこっち、不機嫌な時なんか無かったのによ」
「ああ・・・。悲壮な時期はあったがな」
「ああ、あん時か・・・。あれは見てて同情したよな」
必死に仕事を片付けては、エドワードの実家(?)に頭を下げに通っていた時は
本当に情けなさを通り越して、同情さえ誘ったのだったが、
今の状況が続くなら、あの頃のほうがマシな気がする。

「・・・・・・まぁ、あの大将のことだ。何か対策を打ってくれるって」
ハボックの楽観的な考察には、多分に願いが籠められている。
「・・・そうであって欲しいよな」
 
ヒソヒソと交わされる言葉に、司令部の面々皆が深く同意した。



 ******

『で、僕が週末のどっちかに行く――ってワケ?』
余り嬉しそうな反応なのは予想済みだ。
「頼むよ! 相手が女性だから、変な奴に頼めないし、家にも上げれないし。
 お前なら条件にピッタリだろ?」
週末を控えてエドワードが出した案は、「子守を用意する」事だった。
家でのロイの状態を考えると、司令部では更に酷い有様な気がする・・・、
いや間違いなく酷いだろう。
あの厳しく優秀な副官に銃殺される前に、何とか手を打ったほうが良い。
それがエドワードの出した結論だった。
強引な方法ではあったが、晴れて結婚して数ヶ月で夫(?)を亡くしたくは無い。
『兄さんには会いたいけど、居ないのに行くのなんて』
「アル~、頼むよ! 兄ちゃんの苦境を助けてくれるのはお前しかいないだろ」
『それは勿論、そうだけどさ・・・』
元々、兄のエドワードぞっこんの弟だ。そう言って頼み込まれれば、断る事も
難しくなる。
「頼れるのは、お前だけなんだよ!」
エドワードの一押しの言葉には弱い。
『・・・・・・判ったよ。
 でも何だか癪になるんだよね』
「癪?」
『そっ。僕がその我侭娘を面倒見ている間に、兄さんあいつとナニしてるのかなぁ~
 とか思うとさ』
「ア、アル!」
弟の口から仄めかされた事に、エドワードは思わず動揺して声を荒げる。
『・・・まっ、いいけどね。
 判ったよ。で、何時に行けばいいわけ?』
結局は兄には弱いアルフォンスだ。渋々ながらも話を受けて、週末の打ち合わせの
話を振ることにした。




「もう一人の師匠?」
怪訝そうに訊ねてくるユーヘミアに、エドワードは少々引き攣った笑みで返す。
「ああ、俺の弟でアルフォンスて言うんだけど、あいつも料理が上手いからな。
 センスはどっちかと言うと、昔からあいつの方が褒められるんだよな・・・」
悔しそうな語尾に、ユーヘミアの興味が動く。
「エドより上手なのぉ」
ユーヘミアにしてみれば、エドワードも素晴らしく腕が立つ。
なのにそれ以上とは、どんな男の子なんだろう。
大きな興味と僅かばかりの情けなさ。自分と同い年の男の子が二人とも
自分よりはるかに家事能力が上の現実に・・・。
「良いわね・・・エドのとこの家系かしら・・・」
情けなそうに呟かれた言葉に、エドワードはまさかと笑う。
「俺らは両親が早くから居なかったから、仕方なくやり始めただけだぜ?
 まぁ錬金術は台所から生まれたと言われてるから、似通ったところは
 あるんだろうけど、それもやっぱ実戦してこそだしな」
事実、ロイは余り得意ではない。
出来ない事はないらしいが、然程興味が動かされないようなのだ。
「・・・・・ご、ごめんなさい。私ったら無遠慮に」
エドワードの事は聞いていた筈なのに、軽はずみな事を口にしてしまった
自分を恥じる。
「別に? 気にする事でもないだろ。悪意があってのことじゃないのは
 判ってるしな」
そう言って笑いかけてくれるエドワードに、思わずユーヘミアの心音が
トクリと1つ大きな音を立てる。
黙り込んだ彼女を気にする事無く、テーブルに置かれている本に
視線を向ける。
「へぇ~、難しそうな本を読んでんだな」
そう言って本に手を伸ばすと、そこには経営論の応用書のタイトルが
書かれている。
「む、難しいって程ではないけど」
話が変わってくれたのに乗じて、ユーヘミアも気持ちを切り返る。
「俺は経営のほうはさっぱりなんだけど。
 これはどんなのが書かれてるんだ?」
分野が違っても興味を持つのは、錬金術師の性だろう。
「これはマーケティングリサーチの数値の読み取りと、動向。
 それを経営に反映する方法とが書かれていて、数値は弾き出す計算法。
 指数と言うんだけど、それの読み取り方で、」
熱心に語り出すユーヘミアに、エドワードは呆れる事無く話を聞いていく。
どんな分野でも、一定の分野を修得していれば理解は人よりも早い。
ユーヘミアの話に相槌を打ったり、的確な質問をして理解を深め、
時間が過ぎれば自分なりの見解を話し始めるエドワードが、議論するのに
適している相手だと判るようになる。


結構な時間を話し込んでいた二人が、話しに終止符を打ったのは
互いのお腹が空き始めの合図を伝えるようになってからだった。

「経営も奥が深い分野だよなー。
 お前の話を聞いてて、つくづく思ったよ」
「エドも理解が早くてびっくりさせられたわ。
さすが最年少の国家錬金術師資格は伊達じゃないのね」
「もう過去の話だろ。今は一般の市民と同じなんだから」
さらりと流して言えるエドワードは、改めて凄いと思わされる。
人は資格や権威・地位には固執する。
例え過去の話であっても、後生大事にそれを掲げている人間が多い中、
本の数年で、栄誉ある資格をあっさりと過去だと言い切れる者は
彼くらいだろう。

それに・・・。

「秀才ぶって嫌な女・・・とかって思わないの?」
思わず零れた言葉に、ユーヘミアは慌てて口を噤む。
そんなユーヘミアの動揺を余所に、エドワードは夕飯の準備の手を止める事無く
彼女の問いかけに、答えを返してくれた。
「何で? 好きな分野を追求するのは、悪い事じゃないぜ?
 俺だって似たようなもんだし、俺の周りにはそんな人間一杯いるしな。
 男とか女とかじゃなくて、好きなもんが勉強すれば良いんじゃないのか」
エドワードにしてみれば、研究に男女の差は関係ない。
いくら努力しても身に付かない男の術者もいれば、息を吸うみたいに
操れる女性の術者もいる。
自分の幼馴染の少女も、エドワードは国1番だと密かに誇りに思っている技師だ。

「そっか・・・・・好きな人間が勉強すれば良いのか」
「そぉそぉ」
ユーヘミアの方も見ずに、エドワードは軽く相槌を打つ。
もし彼女の方を見ていたのなら、彼女の喜びの大きさに驚いただろうに。

自由奔放な家訓の中で育てられてきたとは言え、それはあくまでも
家の中でのこと。
ユーヘミアのような良家の子女は、余り多いとは言えない。
だからこそ風当たりがきつい事も多々あった。
それでも続けてきたのは、半分負けるもんかと思う意地だったろう。
けれど、エドワードの一言で肩肘張っていた心に風穴が空く。

―― 好きな者が頑張ればよいのだ ――

男も女も無い。自分は好きでこの道を選んだのだ。
確かに世間の目は優しくはないだろうが、それで諦めるよりは
ずっと良いのだ。
何故なら、自分がこの分野が好きなのだから・・・。



少し遅めの夕食を終えると、遅くなっているロイを待たずに寝るように
エドワードが伝えてくるのに、素直に頷いて部屋へと戻る。
今のユーヘミアの気分は、羽根が生えたように軽いものになっていて、
ふわふわとした気持ちのまま、柔らかなベッドへと横たわると、
充足感を満たしながら安らかな眠りへと落ちていった。




 *****

「・・・ただいま」

疲れた気分のまま、重い声でそう告げて玄関を開ける。
捗らない業務に最近無い帰宅時間の遅さになってしまった。
午前中は我慢してくれていた副官も、ロイの最悪な態度に痺れを切らせて
叱咤され続けたのも、疲弊の要因の1つになっている。

「お帰り」
開けた扉の向うでは、声は控えめだが優しく微笑むエドワードが立っていて、
ロイは思わず情けない表情を浮かべてしまう。
「エドワード・・・」
自分を呼びながら抱きついてきたロイに、エドワードは労うように
背中を撫でてあやしてやる。
「よしよし。お疲れさん、大分、頑張ったみたいだな」
それは仕事の事か、ロイの忍耐の事なのか。

小さなキスを強請るロイに、エドワードは断る事無く受け止めてやる。
暫しの甘い時間に気力を補充して、何とかリビングへと歩き出す。
動きたがらないロイの為に、エドワードは着替えやら食事やらと
甲斐甲斐しく面倒を見てやる。
「今回だけだぞ。サービスの大盤振る舞いなんだからな」
そう念を押してくるエドワードに、ロイは癒された気持ちになって何度も頷いた。
調子に乗って、「風呂も一緒に」と強請ったのは、きっぱりと断られたが
出てくるまで待っててやるからの言葉に、気分良く風呂に入った。


「・・・・もう一度言ってくれないか?」
ソファに座って寝酒を飲んでいたロイが、押し殺したような声で
エドワードに聞き返してくる。
エドワードはロイの髪を拭いてやりながら、仕方ないなぁと文句を言いながらも
もう一度同じ事を告げてやる。

「明日から毎週末の1日だけ、アルフォンスがユーヘミアの
 師匠をしに来てくれる事になったんだ。
 なんで、その時間の間は俺はフリーになるんだけど?」

クスクスと楽しそうに話してくれるエドワードの言葉を、
ロイは頭の中で何度も反芻し・・・。

思わず髪を拭いてくれているエドワードの手を掴んで引寄せる。

「それはデートのお誘いかな?」
肩の上に寄せた耳元に愛撫さながらのキスを仕掛けながら
ロイがそう訊ねてくる。
「別に俺はどっちでも良いけど?」
くすぐったそうに肩を竦めながら、少しだけ意地悪なことを告げてくる
エドワードに、ロイは嬉しくて堪らないとばかりに、耳たぶを食んでくる。
「ぜひ、受けさせてもらおう」
そう返事を耳朶に吹き込むと、ロイは耐え切れないとばかりに
エドワードの頬を掴んで深い口付けをするのだった。
ユーヘミアが就寝してから随分と経っている事もあって、
エドワードもロイの気が済むまで、唇を預ける事にした。




良く朝。

「ユーヘミア譲も、随分と上達されたようですね」
低気圧は何処吹く風のご機嫌のロイが、にこやかに彼女の腕前を
褒めつつ朝食を続けている。
「そんな・・・まだまだです」
気圧されつつも嬉しそうに答え、和やかな朝食風景が展開されたのだった。


昨日の今日で、憂鬱な気分で出勤してきた司令部のメンバーは、
上機嫌で仕事をこなすロイの態度に、胸を撫で下ろしたとか。




 *****

「久しぶりだなぁ、ここの敷居を跨ぐのも」

エドワードより背格好が一回り大きな少年が、夕刻を少し過ぎた頃に
門の前に立って、中の邸を眺めていた。

「さ~て、どんな悶着が起っているのかなぁと」
愉快そうに独り言を零しながら呼び鈴を押す。

―― アルか? ――

聞き慣れた声に、口元の笑みが深くなる。
最愛の兄の声に、機嫌よく返しながら門を潜っていく。

准将が居ない時の訪問なら、大歓迎だ。
そんなアルフォンスの心の呟きは、兄には聞かせられないものだった。



 

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